大腸がんの手術を終え、無事に退院した次男。

しかし30cmも大腸を切除し、身体に影響がまったくないはずがない。

トイレ事情

一番変わったことは、食べたらすぐにトイレに行く必要があったこと。

尿ではなく便の方。

食べることで腸が動き、我慢することができずすぐに排便が促されるようだった。

しかも1日何度も。

自宅にいるときは良いが外出時は常にトイレがどこにあるのかを確認する必要があった。

車に乗るときには先にトイレに行ってから。

レストランに入ったら、トイレの場所確認。

もし失敗してしまったら・・・と車には着替えを常備しておいた。

トイレットペーパー

以前、タレントのギャル曽根さんが「何度もトイレに行くのでトイレットペーパーは柔らかいものを使っている」と言っていたのを思い出し、我が家のトイレットペーパーを変えた。

とはいえ、1ロール数千円もするようなものではないが、ズラ~ッと並んだ商品の中では高い部類に入るだろうものに変えた。

ふわふわで柔らかく、少ししっとりした感じのもの。

ついでにティッシュも「○セレブ」といったものに変えた。

食材

食材は極力オーガニックのものを買うようにした。

調味料も添加物の入ったものは避け、少し高くても化学調味料無添加のものを選ぶようにした。

肉は国産のものにし、乳製品は避け、野菜を多くとるよう心掛けた。

もともとスナック菓子やジュースは買うことがなかったが、次男にも外出先でも食べないように注意した。

この頃はまだそれほど徹底した食事管理には至っていなかったが、男の子二人を育てているうちに「質より量」に偏っていたことは確かである。

添加物がたくさん入ったものや、古い油を使っていたことを猛省し、必ず裏のラベルを見て買い物をする習慣が出来た。


まとめ

ここまでが大学1年生、18歳の次男が突然大腸がんステージ3bと診断され、入院、手術から退院までの記録です。

当時、このまま無事に終わるのでは?と漠然とした期待を抱いていたのは確かです。

ここから再発防止に向けて、お決まりの抗がん剤治療に入り、それだけでは不安で標準治療以外の予防も取り入れてきましたが、その努力もむなしく、残念ながら2年後の2018年の夏に腹膜播種の再発と診断されます。

次男が時々お腹が痛いと言い出したのは、高校三年生の大学受験の冬ぐらいからだったと記憶しております。

当時は「流行りの風邪の症状」「受験からくるストレス」程度に考え、小さいころからお世話になっていた町の小児科・内科の先生のところに行ってはお薬を処方され何となく治っていました。

我慢できないほどの痛さではなく、本人も強く訴えることもなかったため、詳しい検査をするなどの発想もありません。

「受験生」は、やれ冬期講習だ、やれ模試だ・・・とそれなりに忙しく、親子でじっくり話すこともなかったかもしれません。

小さな変化

ただ、今になって「あの時・・・」と思うことがあります。

それは大学に入ってすぐのころに「友だちと献血に行ったけど、俺だけダメだった。」と何気なく言われたことがありました。

その時「貧血だとダメだって聞いたことがあるわ~、お母さんの友だちはちょっと走ったあとだと大丈夫だって言ってたわ~。」と能天気な会話をしていた自分の愚かさが恨めしい。

若く健康な18歳の男の子が貧血で献血ができない・・・そのことに疑問を抱かなかった私は母親失格です。

あの時に「それはちょっとおかしくない?」となにがしかの検査をしていれば、ここまで進行した状態は防げたのかもしれない。

多分すでに腸内で出血していたのだろう。

腸内で出血すると便が黒くなると聞いたことがあるが、次男に便の色は何色?という質問をするはずもなく、「あら、献血できなかったんだ・・・また今度やってみたら~?」程度で終わり、早期発見のチャンスを逃してしまった。

次男の身体の変化を見逃し、大事に至ってしまったことを母親として本当に申し訳なく思います。

この後、抗がん剤治療に入る前の精子凍結、抗がん剤治療、さらにその後のことも記録を続けます。

ここまでお読みいただきありがとうございます。