大学病院へ救急車で転院し、病室へ案内された。
最初の病院では、ご厚意で個室を用意していただき、特別扱いであったが、大学病院では4人部屋、雑然とした感じがした。
とにかく人が多い。
看護師さんはテキパキと業務をこなし、患者さんも治療を「普通」に受けていた。
一言で表すと「悲壮感がない」。
病院内にあるコンビニに行けば、点滴をしながら買い物をしている方がいる。幼い子どもが多分抗がん剤で髪が抜けてしまったのだろうか、ニット帽をかぶり廊下を歩いている。
重病がデフォルトになっていて、あっけらかんと治療に専念しているように見えた。
私はなぜかホッとした。
あぁ、こんなにみんな頑張っているんだ。次男だって頑張ればいいんだ・・・と。
談話室で告知
最初に教授先生へお願いしていたので、まずは担当の先生と夫と私とでお話をする機会を作っていただいた。
次男を病室に残し、40代ぐらいのベテランな感じの外科の先生と若い先生のお二人が対応してくださった。
先生からは
- 聞いていたより状態が落ち着いているので先に検査をします
- その結果によって手術をどうするか検討します
- 告知はどうしますか?
など聞かれたと思う。
私は本人へどうやって伝えるのが良いのか頭の中がいっぱいで、今考えると変なお願いをしていた。
- 本人へは私たち親から告知をする
- 今、ここで先生に聞いたということにしてほしい
- それまで本人には言わないで欲しい
そんな感じのことをお伝えし、面談室を後にした。
夫と病室に戻り横になっている次男に声をかけ、同じフロアにある患者やその家族が利用する談話室に移動した。
次男の病室のあるフロアは14階でとても景色が良い。
窓に映る景色を背景に、極力「普通」に「あっけらかん」と次男に伝える。
私:「先生からお話を聞いてきたよ!病名・・・なんだと思う?」
次男:「なに?」
私:「大腸がんだって!」
次男:「え?そうなんや、それでどうなるの?」
私:「手術するんだって!」
次男:「そうなんや・・・それでいつから大学に行けるの?」
次男は大学とサークル活動が一番の気がかりだったようだ。
「がん」と聞いてもピンときていない様子である。
私は「あぁ・・・良かった」と少し安堵した。
私の世代は「がん」と聞けば「死」をイメージしてしまうが、次男はがんは身近ではなく、大病とは多分わかっているが、「手術」をすれば「治る」病気という認識のようだった。
それは非常に良いことだった。

